長岡市政を糾し正そう...真の民主主義を求めて(その74)柏崎刈羽原発再稼働を巡る磯田市長の公約

柏崎刈羽原発再稼働の是非をめぐる意思決定の議論は愈々終盤を迎え、立地自治体(柏崎市、刈羽村、新潟県)の意思決定を残すのみとなった。長岡市はその意思決定には直接の投票権はなく、県(花角知事)の判断に委ねられた状態である。

 一方磯田市長は公約として{市民の不安が解消されない限り再稼働すべきではないという姿勢を堅持する」と宣言している。この公約は言い換えれば「安心なら稼働する、不安が残るならストップする。安心が不安かは市民が決める」であり実に明瞭、民主的で当を得た約束である。

 しかし、磯田市長はこの公約をどうやって守るのか?市民にはその道筋が全く見えないまま上述の現状に至ってしまっており、閉塞感が拭えないままである。磯田市長を信じ、三度市政を託した市民の負託にどう応えるのか、今こそそれを示してもらわなければならない。原発再稼働是非という課題を通して民主主義が長岡でどう進むのかの正念場を迎えている。

長岡市政を糾し正そう…真の民主主義を求めて(その73)「一般質問についての申し合わせ」

長岡市議会に奇妙な申し合わせ(下記)がある。例規にすると地方自治法違反、憲法違反になるからできないような内容である。

 

 

一般質問に関する申し合わせ

                       平成25年3月27日

                       議会運営委員会確認

                       変更(下線部) 令和3年2月25日

一般質問については、この申し合わせによるものとする。

1 用語の提議について

 この申し合わせによる用語の提議は次のとおりとする。

(1)一括質問方式 質問項目すべてについて一括して質問し、一括して答弁を求める 

          方式

(2)分割質問方式 大項目ごとに分割して質問し、答弁を求める方式

(3)一問一答方式 小項目の一問ごとに質問し、その都度答弁を求める方式

(4)併用方式   分割方式と一問一答を併用した方式

2 質問・答弁について

(1)質問は、一括質問、分割質問、一問一答、併用の質問方式から選択して行うもの 

 とし、その旨を一般質問通告書に明記する。答弁は質問方式に対応した答弁とる。

(2)いずれの質問方式とも、最初の質問は演壇から、2回目以降は質問席から行い、答 

 弁は質問席で受けるものとする。また、理事者の答弁はすべて演壇から行うものと

 する。

(3)分割質問、一問一答、併用の質問方式を選択した場合は、次の大項目の質問にっ

 たときは、質問の終った大項目については再度質問しないものとする。

(4)論点を明らかにするため、質問の冒頭に意図や主張を述べるよう努めるものとす

 る。

(5)一般質問の発言順序は、通告した順序によるものとする。

(6)一般質問は、要望や意見の表明で終えず、その発言の最後は質問形式で終わるこ

  ととする。なお、本号の規定は、当該一般質問に係る最小の項目ごとに適用される

  ものとする。

3 一般質問の通告について

(1)一般質問の通告は、定例会招集日の14日前の午前8時30分から7日前の午後5時までの間に、一般質問通告書を本人が議会事務局に持参して行うものとする。なお、理事者

との打ち合わせもこの期間内に終えるものとする。

(2)一般質問通告書には、質問方式の別、質問の項目、質問の要旨を具体的かつ詳細に記載する。また、併用の場合には、大項目ごとに「分割質問」「一問一答」の質問方式を記載する。

4 質問時間・回数について

(1)質問時間はいずれの質問方式とも、答弁を含めて上限をおおむね60分とする。

(2)質問回数は、制限しないものとする。

5 この申し合わせは、令和3年2月25日から施行し、同年3月定例会に係る一般質問か

 ら適用する。

 

 

平成25年3月27日の初版部(下線の無い部分)は議会運営上の効率向上など、あってしかるべきルールであり奇妙さを感じないが、令和3年2月25日に追加改訂された部分とりわけ第2項(6)の箇所(赤字・・記者編修)は非常に奇妙な規定である。制定理由や経緯の事実関係を確認するため会議録など関連資料の開示請求をしたところ、全74頁の資料が公開され入手した。

 これらをすべて通読し分析したところ、❶文言がおかしいこと、「質問」とは何か?について混乱や誤解がある事。❷制定に至る過程が非民主的で長岡市議会基本条例に明らかに違反するものであること。

 の二点が奇妙さの原因であることが分かったので、次の「提案書」を提出した。官製談合事件の痕跡と言えるこの

「申し合わせ」を読者の皆さんはどう思われるか?

 

長岡市市議会議長 加藤尚登 様

 

        「一般質問の申し合わせ」についての提案

 

平素より長岡市の発展振興のため市議会議長としてご尽力いただき感謝いたします。

現存の「議会活性化特別委員会」を傍聴させていただいていて目に触れた「一般質問の

申し合わせ」に奇妙だなとの違和感を覚えましたので、まず事実関係を正しく認識いたしたく、先般関連資料一式の開示請求をさせていただき公開され入手いたしました。

資料の内容は

1、申し合わせ全文 

2, 申し合わせの理由を含む経緯全てを理解できる会議録等資料一式  の全74頁です。

これらを通読、分析した結果を基に以下の「所感」と「提案とお願い」を述べさせていただきます。

 

【所感】

1,平成25年3月27日 に議会運営委員会にて確認された「申し合わせ」は動機や目的が議会改革に向けた健全なもので、あってしかるべきものと言えます。アオーレ長岡新庁舎・新議場での再出発と一問一答方式の導入に際する真剣な営みであると認められます。

2,これに対し、令和3年2月25日に追加改訂された部分、とりわけ第2項(6)はその文

言と理由を含めた成立過程に違和感の諸要因があることが判りました。

 

1)文言について

そもそもの用語の定義に混乱があると思われること。我々一般市民が市議会定例会での

「質問」という行為に抱く認識は「尋ねるとか訊く行為を織り交ぜて、意見や要望

を主張すること」です。主張に主点があります。議員の質問即ち主張に対して理事者は賛否の応答をします。これが「答弁」です。「質問」(=主張)に対しての「答弁」(=応答)を繰り返し(合議し)より良き結論を希求する努力をします。合議が平行線になった時、質問者が反論答弁に対する意思表示として主張や要望を述べて(質問して)次に移るのは自然なことです。これがいけない理由が分かりません。

令和3年2月17日各会派代表者会議での加藤議員の発言「理事者には反問権がない」

は的外れですし、藤井議員の「議員が意見や感想を述べて質問を終えると聴衆に特定の印象を与えてしまい不合理である」というのは,一方的で不公正です。

 

2)成立過程について

以下の諸点に見られるように第2項(6)はその成立過程が非民主的で、「闊達な熟議により公正・公平な議決をする」という長岡市議会基本条例に反しています。

①令和3年1月8日の各派代表者会議での配布資料No2の3 ※部「3の申し合わせ

 事項は、質問の項目ごとに適用されると考えられる。本解釈については、当時の議長

 に確認済み。」の箇所。「考えられる」の箇所は誰が何を根拠にそう考えたのかが不 

 明朗です。また「議長に確認」の方法が不明朗で、口頭での確認なら公正を欠きす。 ②各会派代表者会議での決定事項の効力の位置づけが不公正です。会議に加わらない非

 会派無所属議員に申し合わせ事項遵守を強いるのは長岡市議会基本条例の理念主旨に

 反します。

③議会内に「長岡市議会は会派制である」という認識があるようですが、これは間違っ

 ています。基本条例には「会派を結成することができる」とあり、任意事項だからで

 す。

④令和3年2月25日の議会運営委員会で発言が許された無所属議員三名の主張に対し

 て熟議を尽くしたとは言い難い状態で原案が強引に決定されています。結論ありき

 で不公正で、基本条例に反します。

 

【提案とお願い】

 所感2、1)に対して

  議会における「質問」や「答弁」についての用語の定義を改めて明確にするため、

  議会活性化特別委員会で議論をし、認識を深めていただくようお願いします。

 所感2,2)に対して

  これらの各項目について長岡市議会基本条例に照らし、見直し、自己評価をお願い

  します。

以上の過程での結論を基に申し合わせ第2項(6)についての再検討をお願いします。

 

                 令和6年8月26日 

                   小林 眞幸

長岡市政を糾し正そう…真の民主主義を求めて(その72)議長への質問と回答

前報(その71)について議長への手紙で指摘と質問をしたところ回答が来たので掲載しておく。

 

質問【GL-21】

長岡市議会議長 加藤 尚登 様

長岡市議会令和6年3月定例会、3月27日本会議(1)議案第2号の審議において

討論した長岡令和クラブ関 充夫議員の発言中、聞捨てならないことが含まれておりましたので指摘し、質問致します。

【指摘】

 関 充夫議員の討論の最後に次のような発言がありました。

「執行部側から反対するなら市長は今後応援しないという言葉を会派の皆に言われましたが、二元代表制の議決機関としてこの言葉に従ったわけではない」。

この発言の内容が事実真実であるならば、重大な問題です。市長と議員会派が癒着し

「オール与党」と称される利権態勢を形成する結合因子として「市長が会派を応援し、

見返りに会派は市長議案に賛成する」が現実に存在することを告白しているからです。

立憲民主主義二元代表制の理想に向けて努力し続けているはずの長岡市政が全く逆の

方向に向かっていることになり、到底看過できない事態です。事実なら断固たる対応

を考えねばなりません。

 

【質問】

  1. 上記関 充夫議員の発言の中の「反対するなら市長は今後応援しない」という伝達があったことは事実ですか。

  2,そのような市長の圧力は二元代表制議会の理念主旨に反すると思いますが違いま]

        すか。

    3, この件について議長としてどう対応されますか。

 

来た回答は次の通りである、

 

 

回答【GR-15】

小林 眞幸 様

4月1日付でいただいた御質問について、議長の指示により事務局からお答えします。

まず、「反対するなら市長は今後応援しない」という伝達があったことの事実は確認しておりません。

また、今回の執行部の発言が事実であったとしても、それは適正な議会の意思決定に影響を及ぼすものではなく、二元代表制の趣旨に反するとは考えておりません。

以上のことから、議長としては、特別な対応は必要ないものと考えております。

 

 

************************************************

 

長岡市議会事務局 議会総務課長 小林 恵美子

 

〒940-8501 新潟県長岡市大手通1-4-10

電 話: 0258-39-2244

FAX: 0258-32-0827

メール: gikai@city.nagaoka.lg.jp

 

「市長と議員会派が市民の見えないところで癒着し取引関係が存在していることが悪いことではない」という回答です。議会がここまで腐敗していることに改めて驚いた。

 

 

 

長岡市政を糾し正そう…真の民主主義を求めて(その71)とうとう姿を現した オール与党

 

前報(その70)で記した議会の現状の内容を裏付ける動かぬ証拠が議会自らが白状する形で明らかになった。びっくり仰天ものである。メディアが未だそれほど騒いでいないのが不思議な内容である。

長岡市議会3月定例会、3月27日の本会議(1)で議案第2号令和6年度一般会計予算審議において討論した長岡令和クラブ 関 充夫 議員が討論の最後次のように発言した。「執行部から、反対するなら市長は今後応援しないという言葉を会派の皆に言われたが、(我々が賛成するのは)二元代表制の議決機関としてであって,この言葉に従ったからではない(圧力に屈したからではない)」

録画中継にはっきりと記録されている。

この発言の内容が真実であるならば重大な問題である。市長と議員会派が癒着し「オール与党」と称される利権態勢を形成する結合因子として「市長が会派を応援し、見返りに会派は市長議案に賛成する」という体制が現実に存在することを告白したことになるからである。これまで見えなかった結合力の正体が見えたことになる。

◆この発言の内容が事実真実であるか
◆関充夫議員がなぜこんな爆弾自爆発言をしたのか?

◆議会議長や市長はどう対応する?

を問い合わせ中である。

 

このままなかったことにすることだけは絶対に許すべきではない。





 

 

長岡市政を糾し正そう・・・真の民主主義を求めて(その70)議会の現状

主権者である市民が公的(全体としての)な「事」を進めるにあたり、計画(政策)立案と執行を公選で選んだ市長を長とする役所に託し、それを評価,検証し、より良きを期するため同じく公選で選んだ複数の市議団との健全なディベートにより意思決定するのが二元代表制議会であろう。健全なディベートの大前提となるのが自由と平等に裏打ちされた民主主義の営みである。これが議会の大原則であると思うが、果たして今の議会はこの大原則に則り健全に営まれているだろうか?

 議会傍聴や録画中継観察、市長への手紙、議会への問い合わせ、様々な広報などを通じて見る限り、健全とは程遠いと思う。市長に与えられた強大な権力を私物化し市長と、無所属を除く会派団(オール与党と俗称されている)が結託して議会議決し法的庇護を得て利権化し、好き勝手に市政を汚しているのが現状である。「オール与党態勢」というフレーズが最初に紙面に現れたのは、森民夫市長5選を報じた2015年11月10日新潟日報である。以来長岡市政はこの「オール与党態勢」で今日まで推移してきた。官製談合事件で真相解明を叫ぶ市民の声を踏みにじり、蓋をしたのもオール与党態勢議会である。議会基本条例に謳われた理想・理念とは程遠い状態でありハッキリ言えば今の議会は「議会基本条例違反状態」であると明言できる。基本条例が、内発的・自発的欲求によってではなく、外面的体裁を繕うものであったのではないかとさえ感じる。

 このような歪んだ状態を治し、健全な状態にするべく警鐘を鳴らす少数の非オール与党議員の口封じをすることが「議会改革」だと真顔で表明するに至っては最早議会はもう「終っている」とも言える。しかし、

 「議会が瓦解しても長岡市民が瓦解するわけにはゆかない!」との想いでこの度請願という手段で議会に警鐘を鳴らすとともに、改善の端緒とするべく提案をした(後掲)一つは議会基本条例に、基本条例通り運用しているか?を自問自答する評価・検証規定を設け、議会が自葎的に改革・改善ができる仕組みを規定すること。もう一つは、議会に対する市民の意見・質問の取り扱いを規定する「議会への手紙」(仮称)を制度化することの二つである。いずれも当たり前の無い方がおかしい、規定と制度である。

(以下請願本文を掲載しておく)

【請願ー1】

 

 

 

 

 

       長岡市議会基本条例の改定に関する請願書

 

 

 

 

 

 

 

         紹介議員     関  貴志

                  高橋 美里

 

 

 

 

       長岡市議会基本条例の改定に関する請願書

(要旨)

県内市町村議会の多くが最高規範として議会基本条例を制定しており、長岡でも長岡市議会基本条例が制定された。

長岡市議会基本条例では、前文で謳われた理念に則り、第一条にて条例の目的を「議会の基本理念その他の議会に関する基本的事項を定めることにより、議会が市民の信託に適切に応えるとともに、議会のあり方を将来に向けて確実に伝承し、もって市民の福祉の向上及び公正で民主的な市政の発展に寄与する」と明記している。

県内市町村の議会基本条例には、条例の目的達成について定期的に検証すると定めているものも多い。

ついては、長岡市議会においても長岡市議会基本条例の目的を達成するために、本条例の検証に関する条項を新設し、継続的に改革改善して頂きたい。

 

(請願事項)

1 以下を盛り込んだ条項を長岡市議会基本条例に追加すること。

◆議会は4年に1回、条例の目的が達成されているかどうか、全議員で検証し、結果を市民に公表する。

◆検証の結果、改革改善が必要と認めるときは、適切な措置を講ずる。

 

令和5年11月21日

 請願者 

     氏名 小林 眞幸

 署名  総合計  79    筆

 長岡市議会議長 加藤 尚登 様

 

 

 

【請願ー2】

 

 

 

 

       市民の議会に対する意見・質問の取り扱いに

       関する請願書

 

 

 

 

 

 

           紹介議員    関  貴志

                   笠井 綾華 

 

 

 

 

 

       市民の議会に対する意見・質問の取り扱いに

       関する請願書

(要旨)

長岡市議会は、平成31年に長岡市議会基本条例を制定しました。条例の前文には「議会は、市民に最も身近で、かつ、市民本位の立場にあることを深く自覚する」と記述されています。また、第1条では「議会が市民の信託に適切に応える」と規定し、第4条では「市民に信頼される議会を目指す」「市民に開かれた議会を目指す」と規定していますが、多様な市民の意見を的確に把握することは第5条で個々の議員の努めと規定されています。

議会に対する陳情や請願の制度もありますが、二元代表制の一翼を担う議会として、より広く市民の意見や質問を募る、行政の「市長への手紙」同様の仕組みを新設すべきと考えます。

 

(請願事項)

「議会への手紙」(仮称)を制度化し、広く市民に公開する。

 

 

令和5年11月21日

 請願者 

     氏名 小林 眞幸

 署名  総合計    79     筆

 長岡市議会議長 加藤 尚登 様

 

この二つの請願は去る12月15日の本会議で不採択となった。この結果は今の議会の腐敗状態を如述に示している。【請願―1】の基本条例に評価検証規定条項が不要であるということは❶自分たちは基本条例通り常に完全無欠であるという「奢り」「傲慢」❷この規定条項があると不都合であるとの思惑がある、のいずれか或いは両方である。時間的規定条項の無い計画規約は、ないのと同じであるという世の条理に反する。【請願ー2】の制度不要という結論は、❶現状の制度で市民の意見や質問は完璧に把握できているという想い上がり❷その制度があると不都合であるとの思惑、のいずれか或いは両方である。

いずれにしてもあった方が良いに決まっている二つの請願が不採択になった事実は議会改革の歴史に歴然として残る。本件最後にこの度の請願の一連の様子を見ていた私の家内や高校生の孫から冷やかされたことを掲載しておく。

家内や孫:「不採択になるの当たり前でしょ!はいそうですねと採択されるようなら議会は今のような体たらくになっていないでしょ」でした。

私:「無言・・・・(ご尤も)」





 

 

長岡市政を糾し正そう・・・真の民主主義を求めて(その69)米百俵フェスに際して思うこと

長岡市政に関して常々感じている問題点の一つに「にぎわいを求める」がある。市が言うところの「にぎわい」に時代錯誤を感じるからである。少子化と人口減少、車社会の進行、ITの発達など社会の大きな変動のうねりに逆らって、嘗てのように人々が沢山集まってにぎやかになる事へのノスタルジアから脱却しきれていないように思えてならない。そう思う政策の一つは、長岡駅前に役所を移し市街地商店街を再興しようとすること、もう一つは一過性の底の浅い人々の集まりを求めて芸能人を呼んでのコンサートやイベント、お祭りへの傾注である。前者の典型例は「アオーレ」「米百俵プレイス・ミライエ」でいずれもハードウエア―から入っているという特徴がある。場所を作り建物を作ればにぎやかになるという発想から抜け切れていない。後者の例は「長岡まつり」や「米百俵フェス」「アオーレでのイベント」などである。祭りの発祥の精神から遊離しブランディングに傾く底の浅い営みと言える。いずれも「真の賑わい」からは程遠い。「真の賑わい」を本気で希求する覚悟があるなら上辺だけの小手先の政策ではなく長岡の行く末のビジョンを描きそれを実現するための工程設計をして人々の心を一つにして果敢にチャレンジすることが必要である。ビジョンの要諦は迷走している日本国家観を長岡が率先仮設し国家の振興に貢献できる「真の価値」を目指すことだと思う。維新の時代の長岡の先達がそう叫んでいるような気がする。

この件に関し先日出した市長への手紙【L-38】を掲載しておく。

【L-38】 

磯田市長殿

8月2,3日の「長岡花火」に続き、来る10月7、8,9,日の三日間にわたり米百俵フェスが開催されるとの公表がありました。メインプロモーターの一員として長岡市が積極的に関わっておられます。「花火と食と音楽」というキャッチコピーにありますように要するに「娯楽」です。また平素からアオーレ長岡では様々なイベントが開催されていますが一言で言うとどれもこれも「一過性の底の浅い娯楽的賑わい」です。官製談合事件で脱法界に逃げ込んだ市長が今度は原発問題で公約違反を犯すなど、市政は今重篤な問題を抱えています。今市政に求められるのは長岡の行く末のビジョンを描き、その工程の設計をし、実行してゆく覚悟と決心です。ビジョンの要諦は「真の価値の創造」だと思います。それなくして「娯楽」に興ずるのは単なる放蕩です。「娯楽」の前に

ビジョンをお示しください。市民はそれを切望しています。

 以上の想いを込めて以下質問いたします。

①米百俵フェスは市政の全体の中でどう位置付けられていますか?

②米百俵フェスは長岡市と市民にとってどのような利点があるとお考えですか?

③長岡市の予算はどれくらい投入されますか?

④米百俵フェスの事務局に市役所職員は何名参画していますか?

⑤米百俵フェスの事務局はどこに設置されていますか?

 

これに対し次の回答【R-32】が来た。

 

これをご覧になってどう感じられたでしょうか?

魂のないロボットが書いたような回答文である。2万人の集客があったのは有名芸能人の引力であり、長岡市の魅力ではないことが解っていない。有名芸能人のイベントを渡り歩く「パリピ」と俗称される連中をかき集めているだけである。このような事業が長岡の重要な政策であると認識している上滑りの政策に市の尊い税金を注ぐことをもうやめなければならない。

 

 

長岡市政を糾し正そう・・・真の民主主義を求めて(その68)柏崎刈羽原発再稼働に関する市の態度

磯田市長は公約で「市民の不安が解消されない限り柏崎・刈羽原発再稼働はするべきではないという姿勢を堅持する」と掲げ、市民に約束しました。しかし実際に市が今やっていることをそのまま文字にすると次のようになる。「長岡市は国と県、柏崎市、刈羽村のそれぞれの検査や検証による判断方針に全て従う。事業者である東京電力との再稼働に関する事前了解権の獲得も目指さない。立地自治体である県との協定(長岡の総意として再稼働反対なら県も再稼働に反対する)も目指さない。また周辺自治体との特別な連携や団結はしない」

これは明らかに公約違反であり、長岡市民を守る決意が全く見られない。

 

上の市長の公約は大変回りくどい言い方であるがストレートに言うと次のようになる。

「私磯田は再稼働には反対である」。

再稼働に賛成の人も「不安は残るが他のことも勘案して賛成する」である。

「まったく不安がなくなったので再稼働に賛成する」と言う人はいない。いたらお目にかかりたい。その人は嘘つきです。