先ページ(その32)で長岡市政の健全なあるべき姿をチャートで表現したものを掲載したが、現状はどうなっているかを同じくチャートで表現したものを作成したので掲載しておくことにしたい。
このチャートを見れば先の健全であるべき姿に比べて、土台となる市民の力(主)が痩せ細り、重心が高く不安定な市政の姿が一目瞭然でわかる。
❶お上意識とお神意識(不謬性意識)
カビの生えたようなお上意識が役所の隅々まで染みついている。役所の都合や事務のミスで生じた不具合も、その処理に当たっては「市民の間違い、過ち、都合が原因である」という主旨の文書を入れることを求められる。
同様に、役所が重大なミスや過ちを犯しても民はそれを赦さなければならない、赦されてしかるべきだ!というお神意識がある。これを不謬性意識という。カトリックローマ教皇は信仰上の意思決定をするにあたっては「神の加護のもとにあるのだから間違った意思決定はしない、するはずがない」という信念をもっており、これを不謬性という。
❷衆愚政治
市政に関して関心が低い、情報が少ないなど、民の無知蒙昧なことを良いことにして、それを梃子にして票を集め権力を手に入れ、悪政をすることを衆愚政治という。今の磯田市長はこの典型である。
❸さらに悪いことにこのような状態に陥らないために議会と役所は透明、公正、健全な二元対立主義で営まれなければならないのに、対立どころか癒着結託して悪政をほしいままにしている。
❹上の❶と❷と❸が原因で、真実が隠されつまり酸欠状態が原因で民と為政者をつなぐ血管に血栓ができ、断絶した状態を基礎疾患を持った状態という。その基礎疾患の名を「利権病」と名付けた。
このような基礎疾患を患いひょろひょろで不安定な体質である市政に外部から利権菌が入り込んで発生した合併症が「長岡市官製談合事件」である。
❺合併症は原発問題でも発生しておりその他の分野でも際限なく発生する状態である。
強力な改革をし、長岡市政の非民主主義化をストップさせなければならない。。